Takarazuka Viva La Vida

初観劇から一年弱の宝塚ファンの徒然日記。はまると、とことんはまる性格なので、沼から抜け出せない。丸の内で社会の波にもまれながら、宝塚に潤いをもらって生きている。

宙組全ツ「バレンシアの熱い花」感想~なぜシルヴィアは死んだのか~

宙組全国ツアー2回目と3回目の観劇を終え、今年の宙組見納めしました。

 

私、バレンシア、大好きな作品かもしれないです。

もちろん大好きなあき様が素敵なお役だったから、ということもあるけど、

全てを見せずにあえて観客の想像に任せるお話の作りが、秀逸だなと。

最初は、意味不明な最後の5分間に置いてけぼりにされたんですが、

Twitterで様々な方の解釈を見て、2回目、3回目と観ると、すごく納得できて。

 

ひとまず、なぜシルヴィアは死んだのか、というところについての個人的解釈をまとめておきたいなと。

 

シルヴィアが死んだ理由、それは、

ロドリーゴから愛されているにも関わらず、ルカノールへと身を売ってしまった自分が許せなかったから、だと思います。

もうすぐで幸せになれるはずだったのに死ななくてもよかったんじゃ…と思ってしまいますが、

シルヴィアをあそこで死なせることで、ロドリーゴの愛がいかに深く強く純粋なものだったのかが改めて伝わるのです。

 

ロドリーゴが居なくなってから、ルカノールのもとへ嫁ぐこととなり、

きっとシルヴィアとルカノールの間にはいろんなことがあったと思います。

それは、今まで大切にシルヴィアを愛してきたロドリーゴが踏み入れることのなかったところまで

ヅカヅカと土足で入り込んでくるような感じで。

でも、シルヴィアはどうすることも出来なかった。

父親を守るためにはこうするしかなかった。

そう言い聞かせて過ごしていたんだと思います。

 

そこに、ロドリーゴが帰ってきた。

そして、また変わらぬ目線で見つめ、優しく触れ抱きしめてくれる。

一時は、嬉しさで過去のことなど忘れてしまうのだけど、

また一人お屋敷に戻ると、ロドリーゴがいるにも関わらずルカノールに身を打った自分が許せなくて…

もしルカノールが死んでも、ロドリーゴとは一生幸せになれない。

シルヴィアには、ずっとルカノールの影が付きまとうのです。

 

だから、彼女は死を選んだ。あの一夜の思い出とともにこの世からいなくなることを。

それくらいシルヴィアはロドリーゴから愛されていたし、

シルヴィアもロドリーゴを深く愛していたということの裏返しなんだろうなと。

そして、そんな風にシルヴィアを愛していたのがあっきーロドリーゴだなんて、最高じゃないですか…。

もちろん切なくて、悲しくて、苦しいですが…。

 

私はこんな感じでシルヴィアの死を解釈しました。

 

そう解釈したのは、やっぱり随所にロドリーゴの優しさがあふれていたから…

切ない表情で見つめながらも、時折すごく優しい微笑みで愛しそうにシルヴィアを見つめるあっきーロドリーゴを観ていると、

ああ、きっと2年前もこんな風に大切にシルヴィアを愛していたんだな…ということがすっと入ってきたのです。

さすがあき様…😿

だから、今の状況がシルヴィアには耐え難かったのだなぁと。

加えて、自分を責める感じがちょっとヘタレっぽくて

強引にシルヴィアに迫ったりしなかったんだろうなっていうのを想像させる。

若干若い役作りっぽいっけど

設定的に20歳ソコソコな年齢が適当かと。

素晴らしすぎる役作り…😭

 

また、お屋敷の門を開ける時にもシルヴィアは熱い思い出を胸に死ぬって歌ってますしね…

(二回目でちゃんと歌詞が分かった私…笑)

 

で、なんでアナウンスだけやねん!って話ですが、

もしですよ、あれを舞台上で「シルヴィアが死んだ」とかやってたらチープすぎませんか…

音声だけ、ということでその場のロドリーゴの表情や行動を観客に想像させることが

ある意味綺麗な終わり方だったのかなと。

 

あと、「君こそ私のものだ」っていうのは、

シルヴィアを自分のものにしたルカノールへの相当なコンプレックスを抱えて

「シルヴィアを自分のものにしていいのは私でありたい…」という切実な願いを表している言葉なんだと思います。

ただ二人の世界の中で盲目的に愛している…って言っているのではなく、

きっと複雑な思いを抱きながらそれでもなおシルヴィアを愛したいし自分のものにしたいと言い聞かせているような…

なんか考えただけで切なすぎて泣けてきます😿😿😿

 

1回見たら「なにこれ…(苦笑)」って感じだと思いますが、

ぜひぜひ2回は見てほしい作品です(全ツなのに)

 

次回はフェルナンドの「イサベラも死んだ」について書こうかな(笑)